2
――― さっきの愁嘆場は、結局 何だったんだ?
何だよ、白 切ってたくせに、実は全然判ってなかったのか?
裏のあるお嬢さんには見えなかったもんでな。
呑気なもんだよな。
あの女、お上品そうに拵えてたけど、六本木界隈じゃあ相当な遊び人だったらしいぜ? 付き合ってた男たちだってあれが最後じゃない、継続中のもまだ何人かいるって話でサ。まあ、都議夫人の伯母ちゃんさえ惑わしたほどだから、ルイが誤魔化されたのもしようがないってもんだろけれど。相変わらずの減らず口を叩きつつ、赤坂の一流店のお寿司でお腹を落ち着かせ、
「ほい。」
これこそが今日の襲来の本来の目的だったらしい、自分で焼いたものらしきディスクを何枚か、ケースごと差し出す彼であり、
「軽金属市場は例の談合疑惑のせいでか様子見ぽかったけど、どこも配当前だからだろうな、買い手が多くて調子は良いぜ。」
「ふ〜ん。」
こちらさんもご相伴にあずかっていたため、箸を持ってた大きな手に、薄いディスクが扇かトランプのカードみたいに広げられ…はしたものの、
「…明日じゃダメか?」
ちょいと低姿勢になって、伺うように訊くお兄さんだったりするのへと、
「俺は別にどっちでも。でも、斗影の兄ちゃんに“早くまとめろ”って尻叩かれてたんじゃなかったのかよ。」
ちろりんと、斜(ハス)に構えた眼差しの、何とも妖冶で隙のないことよ。優しい対処に見せといて、実は冷酷。親しいからこその遠慮のなさにて、いつだって明け透けに物を言う彼が、こんな風に言うって事は…選択の余地はないって事だと、そこは重々心得ているから。
「へいへい。」
重い腰を上げ、小じゃれたダイニングから続いてるリビングへと、長い脚をすたすたと運んでゆく彼であり。それをにやにやと見送った妖一は、テーブルの上に両の肘を突き、顔の前にて重ねた手の上、顎というより口許を乗っけて、苦手で面倒な作業に取り掛かるお兄さんの、いかにも難儀そうなお顔を眺めやる。20畳はありそうな広々としたフローリングのリビングは、だが、さしたる家具も据えぬまま、大型画面のテレビと、それへとつないだAV機器。それを観るためのソファーとローテーブルが置かれてあるだけという贅沢な使いよう。壁際にはめ込まれてあったサイドボードの上から、ノートパソコンを持って来ると、テレビへとそれをつないだ彼であり、それからこれも壁際に畳んであったPCデスクを引っ張って来てのセッティング。カチャカチャとキーを叩いて、どこか覚束無い手際にて大きな画面へ呼び出したのは、幾つかのグラフと細かな数字の並ぶ表の数々で。室内着のシャツとカーディガン、ボトムにはお気に入りのGパンというというざっくりした恰好になった彼が、どこかうんざりとしつつそれらへ向かい合ったのらしいムードを伝えて、こっちを向いた大きな背中が少しばかり猫背になったのへ、
「自分から言い出したんだろうが。政治のことはよく判んないし、どこで脚を引っ張る事になるやらだろから、別の畑で独り立ちしたいって。」
やっぱり斟酌のないお言いようを投げてやる妖一くんは、この春、高校三年生に進級する運びとなっており。…ということは、葉柱のお兄さんの方は、とうに大学も卒業しての社会人。しばらくほどは、父上の議員活動のお手伝いにあたる、地域事務所の切り盛りやら支援を募るパーティーなどのイベント手配なんぞに奔走していた身だったが。お愛想を振り撒くという業種にはどうにも向かない自分だと、何年か経ってからやっと気がつき。坊や…もとえ、妖一くんが言ったように、違う畑でのお仕事を始めて、もうかれこれ3年ほどになるだろうか。
「Web上に事務所を構えて、認可と許可を取った上での株取引の代行業。よくもまあそんなものを思いついたもんだと感心してたら、何のことはない、斗影兄ちゃんからのアドバイスだってんだから笑っちまうよな。」
しかもしかも、学生時代から何かと情報収集していたようだし、アメフトの活動資金を集めるのにと、短期間の株の売買であっと言う間に大枚そろえた手腕もお見事で。そういうのが向いてそうだからと言われたのが切っ掛けだというから穿っている。感心されたその手筈、実を言えばこの妖一くんこそが、葉柱のお兄さんという立場を隠れ蓑にして、思う存分に振るっていた手腕采配だったからであり、
「まあ、一応は経済学部にいたんだし、ちゃんと基礎のお勉強は俺が叩き込んだんだし。今や上々の実績上げてるんだから、作業の面倒はともかく苦労ってのの方は少ないんだろうけど。」
ちょっと待って下さいな。3年目のこのお仕事の基礎をあなたが叩き込んだということですが、ということは。それって…妖一くんがまだ中学生だった頃のお話なのでは?
“そういうことになるのかな?”
実に楽しそうにくつくつと笑って。テーブルの席から立つと自分もリビングへと足を運んだ、非常勤の顧問様。がっつりと大きな肩へ撓やかな腕を絡みつかせて、お兄さんとお顔を並べるようにして、カラフルな画面を背後から覗き込んで来る。
「いっそ本雇いになってくれりゃあ良いのによ。」
間近に寄って来た彼へと、そんな泣き言を言い出す所長さんへは、
「やだね。高校生なのに片手間にやってるってところがカッコいいんじゃねぇか。」
第一、自分が“本雇い”になんかなったりしたなら、これ幸いと全部をこっちに押し付けて、デスクワークはサボり倒すルイに決まってる。実を言えば…彼が一番やりたいことはネ、例えばバイクで重要書類や要人を秘密の取引現場へまで制限時間内に届けることとか、例えば揉めごとが起こった時に、気迫と駆け引きとちょっぴりの拳骨で場を収めて見せるスリリングな立ち合いだとか。およそ、人の上に立つ人物がやりたがることの正反対な、言わば…下っ端の鉄砲玉とか便利屋がやらされるような、実弾使っての白兵戦ばかりを望む困ったお人なもんだから。大概のことでは驚かないという自信があった妖一くんでさえ、振り回されかねずな日々だったりもするのだそうで。
“ちょっと眸ぇ離したら、何に引っ掛かってくれることやら。”
先日も、よくある架空請求の通知を実家の母上様宛てに出して来た相手に腹を立て、草の根分けてでもというノリにて人海戦術で見事に捜し当て。これは一体どういう料簡だ、ごらぁっと。都議の息子がそれは立派なゴロを巻いてくれたのを、何とか後ろから殴って昏倒させて、その隙に収拾つけたのも記憶には新しい。…って、そんな面倒まで見てるんだねぇ、妖一くん。冗談抜きに大変だ、そりゃ。(苦笑)
「………えっと…。」
たどたどしいながらも、懸命に。市場サイトの画面と首っ引きになりながら、渡された資料のデータをベースへと打ち込んでいる不器用そうな作業を、こっちは余裕で楽しみながら、その大きな肩口に腕を回して凭れ掛かり、鼻歌混じりに眺めやる。時々、そこは次の段だとか、そっちは明日の指標で、所謂“予測”だからまだ打ち込んじゃダメだとか、それなりの指導を重ねて…小一時間ほど。大方の整理が片付いた頃合いになって、
「おっと…。」
不意に。こういう作業用にと1基だけ置いていたパソコンデスク用の椅子を、クルンと180度ほど勝手に回されて。
「…なあ。」
向かい合った途端に、膝の上へと跨がって来ての甘えよう。体躯が随分と違うままなので出来る、こんな態度をわざわざこの彼が取る時は、駆け引きも取引もなしの“おねだり”と、まだまだ小さかった昔から決まっている呼吸でもあって。やれやれと苦笑混じりに察しをつけて、
「判ってるって。週末だろ?」
高校最後の春大会が始まる前に、進学を予定している大学のチームの練習に混ざりに行くから。そこでこっそり、何と紅白戦に出る予定になっているから。それを観に来いと数日前から誘われていたこと、も一度確かめたい彼なんだろうと。そうと思って相槌を打てば、
「違うって。」
これまた短い言いようで、そっちじゃねぇよと言葉を濁し。胸板同士をぴったりと合わせるほどに、ぎゅうと首っ玉へ抱きついて来た大胆さと、接していた相手の肢体からふわりと伝わって来た温みとに………。
“………ああ。///////”
何だそっちかと、実は態度をわざわざ作らなくたって、立派に朴念仁なお兄さん。今頃気づいて…ちょっぴり照れつつ。上体ごと倒れ込んで来て、自分の肩の上へと顔を埋めた妖一くんの、整髪料でちょいとごわつく金の髪へと、節の太い指先を差し入れ“いい子いい子”と梳いてやる。昔のあのおチビさんがこんな種の“おねだり”までしてくるようになろうとは、10年前には思いもしなかった葉柱であり。それでも、
「…ん。」
間近になってた白いうなじへ、それなりの意を込めた口づけを落とせるほどにはなっている、一応は大人のお兄さんではあるらしい。
◇
まさかにこういう間柄にまでなろうとは。全くの全然思ってもみなかったのは、実は当の本人だけであったらしくって。そもそも異様なくらいに仲が良かった彼らだったからと、葉柱の側が大学へと進学しようと社会人になろうと、相変わらずにくっついてごちゃごちゃやっているのへも、周囲は何とも違和感を覚えないままでいるらしい。………さすがにこういう関係だということまでは、知れ渡ってないらしいけれど。
「………ん、あっ。」
隆と逞しく、猛々しい体躯の威容はそれだけで、目にした者が圧倒される。肌と肌とが触れ合うだけでも鼓動は躍り、荒々しい口づけだけでも体温は否応なく高まって。きつく寄せられた細い眉根に、前髪の淡い陰が落ち。切なそうな形に歪んで薄い瞼がぎゅうと閉ざされる。急くような吐息の合間に、日頃の可愛げのない言いようばかりを紡ぐ同じ口から、蕩けるような甘い響きをまとった声があふれ出す。見るからに屈強頑健、ひんやりと冷たい感触さえある、鞣し革のような肌目に包まれた猛々しい体の下へと。易々と組み敷かれたそのまま、相手の雄々しい肩へとこちらからすがりついて。上気した肌に どこか華やかで甘い汗の香をまとわせたまま、散々に荒らされたシーツの上にて、しどけなくも乱れて見せている撓やかな肢体。照明は落としたがそれでも、都心のこととて全くの暗闇になる筈もなく。白い肌が薄闇の中に、その輪郭を仄かに浮かばせており。それが時折 引きつけるように蠢(うごめ)く様は、何とも妖艶この上なくて。
「あ、あっ…、や…。」
言葉としての形を取らない、短くも切なる声を上げては、泣きたいような顔をして見上げて来る愛惜しい子。天使かお人形のようだと誉めそやされた、それはそれは愛らしかった風貌を、そのまま崩さず玲瓏なまでの容姿を持った青年へと育った、奇跡のような存在なのに。彼もまた手をつけたのがアメフトという荒々しいスポーツで。それに必要な、無駄のない筋肉をまといつけた肢体は、だが。余程のこと計算されてのことか、それとも、そもそも瞬発的な力を発揮する以外の肉の鎧をつけにくい体質なのか。すんなりと撓やかなままに育ってしまい、下手に扱うと壊してしまうのではかなろうかと、時折 葉柱をさえ不安にさせる。
「ん…あっ、や…ぁっ、んぅ…。」
いやいやと抗うようにして官能の享受を堪(こら)えていた筈が、いつの間にか…葉柱の頭を懐ろへと抱え込み、相変わらずに延ばしている直毛の黒い髪を、無意識のことだろう、指にからめてくしゃくしゃと掻き回し始めており。
「…んっン。」
そんな彼の薄い肩口が ふるりと震えたのは、相手の大きな手が下腹の淡い茂りへ滑り込み、雄芯をその中へと収めたから。向かい合ってしっかと抱き合い、もつれ合うように動くその時々にも。葉柱の相変わらず鍛え抜かれた堅い腹へと、擦れただけでも十分と刺激を得ていたそんな敏感なところを。熱を帯びた手でくるりと隙なく握り込まれ、意識を持って捏ね回され始めたもんだから、
「ん、ぅ…ン…っ。」
直接的な強い刺激には我慢もたまらず、何とか取り乱さずにおれた痩躯が目に見えてもがき始める。踵でシーツを踏みつけて、上へとずり上がろうとするのだが、背中へと回されていた頑強な腕がそれを許さず。結果、却って腰を浮かして自分から押しつける格好になってしまい、
「や…だ、…ルイっ。あ…っ。」
やめてほしいのなら突き退けたいところだか、あまりに強烈で淫靡な刺激を堪(こら)えるためには、その頼もしい懐ろに引き寄せられたまま、相手にぎゅうとしがみついて、いっそ抱きついたままでいたい。そんな葛藤に揉みくちゃにされかけていた間にも、葉柱の側がそうそう大人しくしていてはくれなくて。
「…っ、ひ…ぁ、んんっ。」
自分から頭を掻い込んだ格好になっていた葉柱が、ちょうど目の前になっていた胸元の赤い粒実をチロリと舐め上げた。不意を衝かれたその拍子、悲鳴のような甲高い声が出てしまい、
「あ…。///////」
そんなものを今更恥ずかしいと感じてか、普段は真っ白な頬にさぁっと血の気が走ってゆくのが、何とも可憐で愛らしいったら。
“こいつにそんな言いようが当てはまろうとはな。”
あくまでも強情っ張りな王子様。まだまだ何とか、自分ばかりが乱れるのはヤダとか何とか。彼なりの意地があっての頑張りも、そろそろ限界に近いのらしく、
「あ…やっ、んっ、くぅ…。」
たまらず おとがいを見せるほどにものけ反らせた白い喉へも、胸元からの赤い色がじんわりと上がって来ており、その上に見える唇が、噛み潰されるのではないかと思うほど、きつくきつく食いしばられている。
「ほら。我慢しないで良いからよ。」
声を出しなと勧める代わり、も一度 粒実を、今度はその縁をぐるりと舌の先で嬲ってやれば、
「や…ぁっ、あァッ、んぅ…っ。」
肩を撥ねさせ、シーツを髪でぱさぱさと鳴らすほど“いやいや”とかぶりを振って見せる彼であり。
“強情な奴だよな。”
それでも…体の方は正直なもので。降ろしたままの側の手の中で、どんどんと堅さを増して勃ち上がって来る雄芯を、いたわるようにそろりそろりと撫でてやれば、
「ッ…はっ、あぁ…あっ!」
大人しく堪えていたものが、突然 息を吹き返したような勢いで、抵抗を始めた。その割には、もうそっちには構っていられないのか、堰を切ったように甘い声を放ち始める妖一であり、
「あ…やっ、やだっ! あぁっ、んぅっ!」
自分の背を腰を支えながら、その場へ固定してもいる葉柱の腕へ離せとばかりに抗って見せるのへ、小さく小さく笑ってから、包み込んでいた方の手の動きを早めれば、
「ひっ!」
短い悲鳴を上げて、痩躯が勢いよくのけ反る。これほどの青年が、哀願を瞳に込めた泣きそうな顔を見せるのが、単純な反応ながら…腹の奥底にどす黒い快感を熱く招きもするのだが。そんな邪まな感情は一瞬のもの。
「ほら…いっちまえ。」
泣き声に近い悲鳴を聞きながら、逃げ出そうともがく痩躯を押さえ込み、急くように施しを与え続けて………、
「あ…ああっ!!」
ひくりと震えた青年の望むまま、襲い来る喜悦の奔流に流されてどこかへ攫われないようにと。背中から肩からしゃにむにくるんで、震えるその身をしっかり抱き締めてやる葉柱である。
キッチンまで冷たい飲み物を取りに向かったほんの僅かな間にも、余程のことに疲れたか、くうくうと健やかな寝息を立てながら先に眠りについてしまっていた妖一であり。両手に掲げて来ていたグラスの片方をサイドテーブルに置き、ガウンの裾を捌きつつ、そおとベッドへ腰掛けながら。自分の分のジントニックを軽く一口、唇へと含んだ葉柱で。
「………。」
凝った作りのマンションであり、この寝室には斜めになった天井に、小降りながらも“天窓”がある。照明を落としてもそこから降りそそぐ月光があって、青く染まった寝顔を縁取る、明るい色合いの髪を撫でてやれば。一瞬、目許が震えたものの、目覚めぬままに眠り続ける彼であり。日頃は大人顔負けにそりゃあ冴えた気性をした子で、誰へ対してでも負けん気が強く、相手の油断を衝くのが得意なその分、自身にも隙を許さないような。そんなまでに尖んがった意識・気勢を、常に張り詰めさせて持ってるよな子なのにね。こうまで無防備な姿のままで、くうくう眠り続けていられるなんて。
“まあ、半分くらいは慣れもあってのことなんだろうが。”
もっとずっと小さかった頃を始めに、子守りの延長みたいなノリで、同じ布団にくるまって“いい子いい子”と寝かしつけたことがどれほどあったことだろか。とはいえ、当時のそれと今現在のこれとは、行為だって意味合いだって大きく異なる別な代物。偉そうに振る舞うだけの、技量や何やもきちんと備わった子であると、それこそこの長い付き合いを経て重々思い知って来たもんだからこそ、尚のこと、不思議でならないことが一つほど。
“………なんでまた俺なんぞを、こうまで慕ってくれるのかな。”
今夜の逢瀬の場に彼が現れたことだって、冗談抜きにどれほど驚かされたことか。当事者である自分でさえ、今朝になって初めてセッティングされていたことを知らされたような“お見合い”もどき。それをこの彼が先んじて知っていたとは…と驚かされたのだし、それだけならばともかくも、相手の女性の男性遍歴までもをきっちり把握していた上での、あの突然の乱入騒動を仕立てた辺りの周到さは。引っ繰り返せば…前以ての下調べがきっちりと済まされていたその上で、あんな悪ふざけの準備までもをきっちり構えていたればこそのこと。妨害してやろうという腹積もりがあったからこそ、あんな騒ぎをセッティング出来た彼なのであろうと、そこはさすがに判る葉柱で。
「………。」
小さい頃から只者ではないほどに生意気で。その生意気さは、力づくでなぞ へこませられないほどにも強靭で、自分なんかでは到底敵わないくらい、中身の充実した代物だったから始末に負えなくて。沢山の一線級の大人たちに囲まれ構われて、一人前扱いさえ受けながら育てられた はしっこい子。それに見合うだけの奥行きの深さを既に持ち、大人相手に負けるものかと、子供扱いされるもんかと発揮されてた気勢も勇ましく、そういう方向へは一途でもあった 尖んがり坊や。
“振り回されてたのは、俺ばかりじゃなかったもんな。”
そんな環境にあった身を、自分でもよくよく理解した上で、様々なこと柔軟に鋭敏にその総身で吸収して来た子だったから。周囲の大人たちをいつも良いように引っ張り回していたその揚げ句、そのまま手ごわい青年へと育つのも道理な話で。自分が出会った時には既に、そこいらの不良(ツッパリ)なんざ、たとえ年の差があろうとも、尋常ではない負けん気か、途轍もない規模の知己たちのネットワークの濫用か、はたまた…嘘泣きや怯えた振りといった“搦め手”などにて、どのようにだって簡単にあしらえてしまえるような、末恐ろしい子供だった筈なのにね。一筋縄では行かないクチの大人たちでさえ、易々と搦め捕ってたってのに。
“………なんで“俺”なんだかな。”
クドイようだが、出会ったばかりの小学生の頃のままならば。高校生で喧嘩に強く、大きなオートバイを自在に乗りこなしていた葉柱を、力の勝るところを頼り(アテ)にするということもあったのだろうが。今となってはそんな相違も、すっかり均されて無いも同然な差の筈で。その華やかにして佳麗な見栄えさえ、似たようなタイプの子らとどこかで質や格が違うこの青年は。もともとの淡い色合いの髪をわざとに逆立て、若木のような痩躯や色白な肌が尚のこと冴え映える闇色を、まるで夜を従えるように常にまとっている。いつだって強気で、傲岸不遜。何につけ挑発的な子で、派手なばかりの威嚇的ないで立ちをしている筈が、眸に留まればその時から…意味深な微笑に惹き寄せられ、ついつい関心を持ってしまい、しまいには手に入れたいとまで思わせてしまうほどの妖冶な存在。そんな素養のせいでか、嫋やかな見栄えの割に自己防衛の手段にも周到であり、
“昔は俺も、そういうところへ担ぎ出されてた恐持てってクチだったんだろうにな。”
貴婦人みたいに権高な態度が、いかにも似合うし相応しい。そんなとんでもない子に育った今でさえ、どうしたまた…大して取り柄もない自分になぞ、関心を示したままでいてくれる彼なのかが、やっぱりさっぱりと判らない。彼を知る者ならそれこそ誰であれ意のままになるだろう、もっと知恵者でもっと気の利いた者だって山ほどいように、何でまた。資料整理や何やかや、自分の仕事の根幹的な部分まで高校生に頼っているほど、何とも情けない男なんぞに、どうしてこうまで親身になって懐いてくれているのかが、どうにも理解出来ないらしい葉柱で。
“…まあ、良いんだけどもよ。”
もしかしてもしかしたらば。いつもいつも張り詰めている、隙のなさ過ぎるそんな彼だからこそ。何も考えないで、警戒もせぬまま、手足や羽根を伸ばして休みたい時だってあるのだろう。そんな相手には丁度良いと、一応はそれなりの“背景(バックボーン)”を持つ身であるところを隠れ簑代わりに扱われているのかも? 頼もしい腕に抱かれて、我を忘れて乱れる様さえ、誰の眸にもさらしたくはないからと、この自分にだけと相手を決めているだけのことなのかもと。………いや、そこまで思ってしまうと何だかやるせなくなるので、その点だけは今は保留にしておいて。
“…明日辺り、例の令嬢が交際のお断りと口封じの探りを入れてくんだろしな。”
早くも立った明日の予定を、苦笑混じりに胸に噛みしめ、グラスを置くと自分もベッドの空いたところへと横たわる。途端にころんと懐ろへ転がって来た暴君様へも、小さく小さく苦笑を浮かべ。布団を直すとそのまま瞼を伏せた、葉柱さんであったのだった。
……………………………………………。
どのくらいの間合いを経てか。ふと目覚めたにしては、いやに ぱっちりと。切れ長の眸を大きく見開いた、昔は仔猫、今はちょいと獰猛な山猫様。金茶という浅くて変わった色合いの瞳で、じっと懐ろから見上げた先には。男臭くて頼もしい、精悍な寝顔が無心のままに、ただただ眠りを貪っており。
“…ったくよ。女が相手じゃ、微妙に分が悪いんだよ。”
呑気なのは相変わらずなんだからと、こそりとついた溜息が一つ。夜陰の中に音もなく吸い込まれた。小さな子供を相手に、いつも本気で構えていてくれた人。適当に受け流すでなく、腹が立てば真剣に怒りもし、楽しければ全開で笑ってくれて。危ないことをすりゃあ、柄でもないのにそこへ座れとお説教なんかもしてくれて。いかにも子供の振りでもって“大好き〜〜〜っvv”って飛びつけば………あららどうして?とこっちが鼻白むほど、一々照れて見せたりもして。ねえ、こっちの方こそ訊きたいんだからね? どうしてこんなにも、ルイのこと大好きになっちゃったのかなって。だからさ、
“俺んだからな。誰にもやんねぇ。”
他でもない本人が毅然としてろっつんだよなと。相変わらずに無防備な人を めっと叱って睨みつけ、昔よりもっと頼もしくなった懐ろの中、もぞもぞ泳いで。丁度良い寝相を見つけて、もう一回のおやすみなさい。やさしくて純朴で、ちょっぴり危なっかしいままの、大好きな元総長さんの温みにくるまって、こちらももう“坊や”とは呼べなくなった男の子。大切な人に寄り添ったままにて、どうか良い夢が見られますように………。
〜Fine〜 05.2.08.〜2.09.
*ヤコさんのサイト様に掲げらしてた“10年後の彼ら”という作品へ、
ドキドキして色々と妄想が膨らみましたです。
必ずしもこういうところへ辿り着くとは言い切れませんが、
こういう未来図もあったりして? ということで。
(でも、十中八、九は決まったも同然なような気も…。)
**

|